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2007年10月 アーカイブ

2007年10月 3日

授業開始

第一週目は聴講受付が主でまだ本格的な授業ははじまっていないのに、あーいそがしい、いそがしい。昨日は好奇心と期待とではちきれんばかりの1年生向け講義「情報文化入門B」を、いきなりわけのわからない愚痴ではじめてしまい、学生に失笑されてしまいました。とはいえ、私がこの授業を担当する際には恒例となっているあの名曲が教室に響きわたると、ひととき、幸せな気分になります。

2007年10月 9日

情報文化入門B、イントロダクション(2)

イントロダクションの2回目では、前回にひきつづき、恒例のあの名曲を分析。短時間なのでもちろん深くつっこんだ分析ができるわけではないのですが、強烈な異化作用を及ぼすあの決め台詞では、教室全体が一瞬固唾をのむのが伝わってきます。この授業はオムニバス形式なので、私がしゃべるのは間をおいてあと3回。毎回の授業でどの曲を選ぶかというのも、悩みのタネであると同時に楽しみでもあります。文コミの勉強で分からないことがあったら林檎にきけ、といったら言いすぎか。

2007年10月16日

論文の題名

昨日15日は卒業論文題目提出の締切日でした。論文そのものの締切は来年1月10日ですから、ずいぶん早いわけですが、4年生はみんな苦労していたようです。

題名なんていうのは要するに器に貼り付けたラベルみたいなもので、大事なのは器の中身なのだから、そんなものどうでもいいではないかと思われるかもしれませんが、それは素人の考えですね。実際は題名はとても重要。いい題名を思いつくか思いつかないかで論文の出来が左右されることがあるくらいです。題名に納得がいかないとなかなか執筆もはかどらないし、逆にいい題名が思いつくと調子づいて、自分でもびっくりするくらいアイデアが浮かんできたりすることもあります。

要するに、題名を決めるというのは自己暗示をかけるということなのでしょう。いい題名が思い浮かぶと自分が少しばかり偉くなったような気がするし、逆にダサい題名だと自分がちょっとばかになったような気がする。人文系の場合、論文の題名といってもいろいろで、思い切りスタイリッシュにすると気分が昂揚して良い場合もあるし、あえてガチガチに堅い紀要論文風にしたほうが書きやすい場合もある。人を食ったとぼけたようなものにしておいて、独りでニヤニヤ笑いながら書くのが楽しい場合もあります(性格悪いですが、私はこれ、たまにやります)。とはいえ、学生であればせっかくいい題名を考えても指導教員にダメ出しされたり、教員でも編集者に変更を要請されていやいや従わなければならない場合もあるから、いつも思うようにいくとは限りませんが。

2007年10月23日

望郷のサンダカン


「望郷」とは,祖国日本を指して言ったものではなく,サンダカンのことではなかったのかという印象を,私の演習でこの映画を見た学生の誰もが抱いた。故郷の天草が,「外国帰り」の主人公サキを極めて異質なものとして排除したということだけではなく,伊福部昭の音楽が,「中心」よりも「周縁」に対して,ある種の「なつかしさ」を感じさせるかのように奏でられていることにも,大きな要因があると思われる。それは,冒頭から既に感じられることであり,映画のタイトルの背景も,日本の風景ではなく,サンダカンの赤い屋根の町並みなのである。戦前,ボルネオを訪ねた特派員は,

「英領北ボルネオ第一の都サンダカンは山を背に,赤い屋根を連ねて湖畔の温泉場を想はせる町だ。」(大阪朝日新聞,1933年10月17日)

とも書いている。何やら,琉球・八重山の延長のような景色だ。『サンダカン八番娼館 望郷』(監督・熊井啓)は,「にいがた女性映画祭2007」でも,今週から上映されるとのこと(栗原小巻が演じるのは,三谷圭子。「佳子」ではない)。わざわざ「女性」と言わずとも,「ゴジラ」の演習でも,この映画は必見である。南洋というものが,如何に描かれているのか。果たして,本当に,「望郷」の対象は,サンダカンだったのか。

ところで,同じ熊井啓監督の作品に,『忍ぶ川』(1972年,東宝)がある。「忍ぶ川」のお志乃さんを演じているのが,これも栗原小巻だが,サキが初めて目にするサンダカンの町並みは,哲郎と志乃が白いパラソルの相合い傘で歩く洲崎パラダイスの町並みを思わせる。木場・洲崎は,京葉線でディズニーランドに行く時,電車がちょうど地下から地上に出た辺りだ。

『サンダカン』で泣けるなら,『忍ぶ川』では,その十倍は泣けるだろう。今どき,「手鍋下げても」というのは流行らないだろうが,結婚という幸せが存在するのだということを見せつけてくれる(1950年代が映画の舞台だが)。しかし,『サンダカン』と『忍ぶ川』では,流す涙に違いがある。おそらく,それは,死者をどう弔うか,死の意味を,後に残された人がどう納得するか,ということに係わってくる。サンダカンおキクの死,志乃の父の死,そして,ゴジラの遺骨の行方……(これが,私の次回論文のテーマだ。いや,まだ死ぬのは早い。)

今期の演習では,『サンダカン』で,学生たちに南洋憧憬を抱かせ,『南海』で南緯4度の海に沈んでもらい,『ラバウル』で南方戦線に散華してもらい,『モスラ』でカロリン群島のインファント島に帰ってもらうのだが,やはり,『忍ぶ川』も見せて,母国日本に生還させてやらないといけない気がする。


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