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科学思想史 アーカイブ


2009年8月 1日

自己紹介  【】

井 山 弘 幸 (いやま ひろゆき)

偉人であれ凡人であれ、自分のことを書いたものは大抵信用できない。誇大宣伝するにせよ、過少評価して卑下するにしても、リアリズムに欠いていることだけは確かである。他人からそう見られたいという願望を綴ったようなものもあるから、自己紹介を読む者は心してかからねばならない。もし私のことを誇大に書くとすると、おそらく小学校の時にオペラの脚本を書き、独りで作曲をして、その作品がNHKで放映されるくらいに早熟だったというような話をするだろう。(真に天賦の楽才があったなら、今こんなことをしているわけがない)。過少に語るならば、人間嫌いの引きこもり人間で勉強が嫌い。ゲームばかりしているダメ人間であると胸を張る(違うか?)だろう(これもまた真実ならば、今こんなことをしているわけがない)。願望を吐露するならば、アルゲリッチよりも上手にショパンのバラードを弾くことができ、世界の一切を稠密な方程式のなかに封じ込める表現能力をもち、万巻の書物を読まずにすむほど知性に恵まれ、人に会わずとも何を考えているか事前に理解でき、米粒に般若心経を書き込むことができ、小林カツ代のレシピはそのすべてを諳じていて、談志百席は三回聞いただけで覚え、寒さの夏はオロオロせずに自適し、毎日幻のリヒト珈琲を三合ほど堪能し、街の誰からも気づかれずにいる、そんな人間になりたいと思っている。客観的な情報を知りたい人は大学の教員紹介を読んでほしい。

2009年3月 1日

科学思想史とは  【科学思想史】

この分野には,科学思想史と科学基礎論(科学哲学)が含まれます。科学知識か唯一の正しい知識として真理の地位を保ち続けてきたという,よくありがちな誤解を解き,宗教や思想の影響を受けながら,歴史的に形成されてきたという事実を学ぶのが科学思想史で,今日の科学知識がなぜ信頼できるものなのか,その根拠を考えるのが科学基礎論です。実験や観察をするよりは,実験することで何が証明されるのか,顕微鏡観察による客観的な記述はどのようにして生まれたのかを,原語で書かれた文献や図像資料に直接あたって考察する学問です。