また四月がめぐってきて、大学もあらたな学生を迎えいれる季節になった。新入生諸君はおそらく、不安と希望の混じりあった泡立つような心境で、来たるべき大学生活に臨もうとしているところだろう。わたしもまた、かつて自分自身が大学に入り、学生として過ごした日々を想いおこし、その日々が残したものに心を沈めてみる。
十八歳の春、受験勉強というものにほとほと嫌気がさしたわたしは、まるで夜逃げでもするように、実家からはずいぶん遠い大学に転がりこんだ。なにか勉強したいことがあるわけでもなく、将来への展望など考えたくもなかった。あるのは虚脱感ばかりで、春の陽光がいやにそらぞらしかったのを憶えている。
当時わたしは大学寮に住んでいたが、おそらく寮の友人たちのおかれていた状況も同じようなものだった。だからわたしたちは、なんの意味もない危険な遊びかたを競ったり、なるべく役に立たなさそうな事柄ばかりをえらんで夜中まで話しこんだりしていた。語れば陳腐になる不安を口に出すなどはおたがい照れくさかったし、分かりあえるとも思ってなかった。
二年ちかくで寮からは出たが、その後しばらくして、寮の同期の友人のひとりが、そのころまだわずかに残存していた学生運動に巻きこまれて抜けだせなくなり、みずから命を絶ったという知らせを聞いた。やりきれない、いたましい出来事だった。かれは笑うと幼い顔になる、気のいい男だった。とり残されたわたしたちは、わたしたちのこの閉じこめられた重苦しい状況を、かれがまとめて背負いこみ、冥界へと運んでくれたのだろうと漠然と考え、後ろめたい気持になって、たがいに暗い顔を見合わせた。
当時の友人たちの多くとはもう音信不通になり、行方も知らない。それでもあの日々の記憶は、たしかな手触りのように残っている。あの不安に満ちたあてどない空気のなかで、ひとり長い小説を読んでいるとき、あるいは酩酊のなかでただ時間をやりすごしているとき、その日々を生き延びる覚悟のようなものが、すうっと心の奥底に居場所を見つけて、冷たく固まって骨になるのが感じられた。その心のなかの骨のようなものは、いまでもわたしのなかに横たわっていて、なにか迷うようなときは、あらためてその冷たい手触りを確かめている。