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2011年1月15日

【哲学ノート】過ぎ去ったものについての二つの見方 【】

今年は卒業論文で「時間」の哲学に取り組んだものが2編あった。ひとつはアウグスティヌスの『告白』について、もうひとつはフッサールの『内的時間意識の現象学』についてである。いずれの哲学者でも「過ぎ去ったもの(過去のもの)」の存在のしかたが重要な問題になっている。今日はセンター入試の初日で、さきほどまでリスニングの補助監督をしながらつらつらと以下のようなことを考えていた。とくに目新しい論点があるわけでもないが、私的な備忘録として書きとめておく。


過ぎ去ったものはもはや存在しないと言われることがある。過去のものは今はもう過ぎ去り、なくなっている。たしかに過去のものは、その過去の時点では「存在した」のではあろう。だが現在の時点ではそれはすでに過ぎ去り、もはや「存在しない」ものである。

しかしながら他方では、そのような過去のものも、やはりある意味では「存在する」のでなければならないように思われる。もしまるっきり存在しないなら、それはまったくの無であり、それについて考えることも語ることもできないはずであろう。

それでは、過去に存在したものはいかなる存在のしかたをしているのであろうか。過去のものは、すくなくとも、かつてそれが存在していた時点では、その現在の時点において「存在する」というありかたをしていたはずである。だが、その現在的な「存在する」は、今では過ぎ去ってしまい、現在から見れば「存在する」ということが過去に成り立っていたというにすぎない。つまり過去のものの「存在する」は「存在するということが存在した」へと移行しているのである。

だがここで「存在するということが存在した」というときの、その「存在した」とはいかなる意味であろうか。その「した」という過去時制は、やはりそれが過ぎ去ってしまったことを示している。つまり、その「存在した」ということが「存在する」のはそれじしん過去の時点のことであって、今ではもはや「存在しない」のである。そこでこの「存在した」を救うには、やはりふたたび、その「存在した」ということが「存在するということが存在した」と言うほかないように思われる。それゆえ、最初に問われた「存在した」は「存在するということが存在したということが存在するということが存在した」となり、たちまち悪性の無限後退の泥沼に足をとられてしまう。

このような哀れな事態が示しているのは、いわば過去の逃避的な非存在傾向である。過ぎ去ったものを、たんに過去的な存在としてではなく、むしろ過去における現在的な存在として位置づけようとしても、かえって逆に、その現在存在の過去的なありかたが繰りかえし明らかになり、もろとも非存在へと呑みこまれてしまう。言いかえれば、過去のものを、過去の現在の時点から見て、その時点では存在していた現在的存在として確保しようとしても、その確保点じしんがまさに過ぎ去ってしまい、確保されていたはずの存在とともに、存在しないものへと沈むのである。過ぎ去ったものはこのように、それをその現在的なありかたにおいて保持しようとする度重なる努力を裏切って、つねに非存在へと逃れてゆく。

ここで少し、日本語に即してこのような事態を表現する方法を考えてみよう。問題は「あった」ということをいかに理解するかである。「あった」ものはもはや「ない」。しかし、ともかく「あるということがあった」とは言えるだろう。この「あるということがあった」を、短く言いあらわせば「あるのであった」ということになるだろう。それはまずは「ある」という現在的事態を表現しつつ、それを後から「のであった」という回顧的な念押しで過去に包みこむ言いかたである。

いうまでもなく、この「あるのであった」の「のであった」ということの意味を問うならば、やはりふたたびその「のであった」ということが「あるのであった」としか理解されえず、それゆえ最初の「あった」は「あるのであったのであるのであった」となってしまう。「ある」という現在存在の断定をただちに「のであった」という過去時制が過去化してしまうが、しかしさらに、この過去時制的な存在がそれでももっていたはずの現在的な「のである」というありかたまでもがふたたび「のであった」として過去時制化されて過ぎ去ってしまい、つねに非存在へと生成しては「なくなる」のである。


しかし以上の事態について、すこし視点を変えれば、まったく違った言いかたができよう。「存在した」ものはたしかにもう過ぎ去り、それを「存在するということが存在した」として確保しようとしても救いようがないのであった。しかし逆向きに考えてみれば、過ぎ去ったものはやはりかつて「存在した」のである。そして、この「存在した」ということ自体は、今も取り消されないまま、過ぎ去らずに「存在する」ように思われる。むしろ「過去に存在したということ」が「現在に存在する」からこそ、過去のものがやはり存在したのだということが今も成立しているのである。もし「存在した」という事実そのものが「存在しない」のであれば、過去のものは痕跡を抹消され、跡形もなく無であり、端的に語りえぬものになるだろう。

もちろんここで「存在したということが存在する」というときの「存在した」ということの意味を問うならば、この視点をとるかぎり、まさに「存在した」ということが「存在したということが存在する」ということである。それゆえそもそもの「存在した」は「存在したということが存在したということが存在するということが存在する」ということになるだろう。これはさきほどの無限後退と似ているが、視線の方向が異なる。さきほどの過去は、その現在的な存在を確保する度重なる努力を裏切って、つねに過去化していくのであった。しかしこんどは逆に、過去的な存在がつねにより遠く過ぎ去るのを見遣りながら、それでも、その遠ざかる過去についてそのつど現在の時点から存在断定を繰り返しているのである。「存在した」という過去時制を重ねることで、過去のものはより遠く霞んでゆくが、しかしそのすべてが、「存在する」という現在時制の積み重ねによって、つねに現在的存在から位置づけなおされる。それは、現在から未来へと時点が進むごとに、かつて存在した、ますます積み重なる過去のものについて、その現在的な意味をあらためて確保しなおそうとする試みであり、いわば無限前進とでも言うことができよう。

これが示すのは、過去というものの圧迫的な存在要求であろう。過去のものは、たとえどれほど遠ざかろうとも、たんに過ぎ去ってしまうことはなく、いつでもそれが「存在した」ということを現在時点で認めるように迫ってくる。過去の存在は、忘却の非存在へと傾きながら、霞んでゆくその過去的なすがたのままで、しかしそれでも、みずからが現在時点で「存在する」ことを承認するように要求する。過去を、過ぎ去ったものとしてやり過ごそうとしても、それはつねに現在に食い入って、容易には非存在に沈んでいかない。「存在した」ことはいつまでも「存在する」のであり、繰りかえし現在的存在へと編入されつづける。

このような視点をさきほどと同様に日本語に即して表現すれば、「あった」ものは、「あるのであった」のではなく、むしろ「あったのである」。これは、まず「あった」として端的に過去を言いあらわしつつ、そこにさらに「のである」として現在的な承認を与える言いかたであろう。やはりこれも、この「あった」の意味を問えば、それは「あった」ので「あったのである」ということであり、それゆえ最初の「あった」は「あったのであったのであるのである」へと展開することになる。「あった」は「のであった」となってますます遠くに過ぎ去りながら、しかしそれが「のである」と現在的に存在断定され、どこまでもふたたび「のである」と重ねられてゆく。遠ざかる過去の存在は、その現在的な意味においてつねに位置づけなおされ、「ありつづける」。


このように「過ぎ去ったもの」について、異なったパースペクティヴから分析し、かなり違った見えかたを与えることができる。しかもいずれも、われわれの時間の実感に即して理解できるし、どちらが正しいとも決定しがたい。日本語としても「あるのであった」と「あったのである」は、ニュアンスの差を孕みながら、ともに成り立つ。時間論の迷宮の入り口で、ひとはしばしばこのような哲学的な困惑に襲われ、方向を見失ってしまうように思われる。

一方では出来事それ自体の時点での現在性に立脚する立場があり、他方では体験し想起する主体の現在性からいっさいを見る立場がある。前者の立場では、出来事それ自体の現在的な存在を捉えることができるが、しかしそれはただちに過去へと呑みこまれてゆく。後者の立場では、想起する主体から見た現在的な意味を捉えることができるが、過去のものそれ自身のありかたは見失われてしまう。あるいは前者では、過去ものはそもそもは現在存在だったものが過去化した「過去となった現在」であり、後者では、過去のものは過去だったものが現在化するにいたった「現在となった過去」である。

このような対比的な見方を押し進めることによって、時間、とくに過ぎ去った時間のありかたについてさらに解明し、その哲学的な含意をひきだすこともできるだろう。そこからはやはり、人間の二極的な本性、その「引き裂かれたありかた」が明らかになるように思われる。また、マクタガート的な時間論との関連性や、さらには日本語の時間構造も興味ぶかい論点であろう。しかし今日はもう遅いので、ここまでにしよう。


(2011/02/27 一部、書き改めた。)