最前のエントリーで、カントの実践哲学がもつ未来を指示する力について言及したが、このような側面がもっとも純粋に発揮されているカントの論文のひとつとして、『啓蒙とはなにか』(Beantwortung der Frage: Was ist Aufklärung?) を挙げることができるだろう。カントは「われわれはいま啓蒙の時代に生きている」と書きしるして、啓蒙というプロジェクトの開かれた未来を提示したのであるが、いうまでもなくその未来は現在まで続いているのである。
ところで『啓蒙とはなにか』については、数年前に学内用の教科書『賢い大人になる50の方法』に、「啓蒙時代における成年市民の概念 ── カント『啓蒙とはなにか』を読む」と題して一文を寄せたことがある。軽い内容だが、いまだに参考にしてくれる学生もいるようなので、以下にあらためて掲載しておくことにしよう。(ただし校正前原稿にもとづく等の事情で、刊行本とは字句が異なるところがある。)
啓蒙時代における成年市民の概念
── カント『啓蒙とはなにか』を読む
城 戸 淳_
はじめに ── 賢い大人になる方法などない!いきなりちゃぶ台をひっくり返すような話で申し訳ないが、賢い大人になる方法などないのである。なぜか?「大人になる」と「賢くなる」という二つの要素に分けて考えてみよう。
「大人になる」?
まず、「大人になる」のに方法などいらない。こんにち「大人」であるということの第一義的な意味は、成人であるということだろう。だから毎年、成人式があり、若者たちが大人になることを祝うのである。そしていったん成人になれば、もう言い訳がきかない。精神年齢ではまだ子供だなどと言っても無駄である。成人は逃れようなく大人として扱われ、大人としてふるまわざるをえない。
このような意味で大人であることの要件は、生まれてからの時間的経過の長さ以外のなにものでもない。そして自分の人生の時間を経過させるために、他人からとりたてて教わるべき方法などないのである。むしろやっかいなことは考えずに日々をすごしたほうが、人生の時間を消化するのには好都合なくらいである。
「賢くなる」?
つぎに「賢くなる」である。日本語の語感としては、「賢い」ということばは、現在の総理大臣以下全閣僚の名前をあげられたり、そろばんがうまいといったことではないだろう。そういうのは「博識」とか「器用」という。漠然としかイメージできないが、「賢い人」というのはむしろ、ある場面でどのようにふるまえば適切かをこころえ、じっさいにそうふるまえる人、あるいは自分の人生全体を見通しよく設計し、それにもとづいて生活を実際にコントロールしている人などのことだろう。しかしそういう「賢さ」には、教わった知識や方法など役に立たないのである。
たとえば「嘘も方便」という言いかたがある。これを実際におこなえる人、つまり物事を円滑に進めるために適切な嘘をつくことができる人は、賢い人だろう。たとえ「嘘も方便」と分かっていても、賢くない人は、どういう場面でどういう嘘なら適切か、判断できない。さらに、この場面ならこういう嘘を、というようないろいろな事例別の方法集を教わったとしよう(異性の口説きかたのノウハウ集のようなものだ)。しかしそれでも、この今の場面はどういう場面か、そしてどの事例に当てはまり、どの方法が適用できるのか、判断できなければ方法集も使えない。口説き文句の場違いな使いかたほど滑稽なものはないのは、ご存じのとおりである。
つまり、賢くなるための方法があっても、その使いかたが肝心で、たとえその使いかたを知識として教わってもその使いかたの使いかたが肝心なのだから、結局「賢くなる方法」など存在しないのである。だから、『賢い大人になる50の方法』というこの本を読み、方法を端から端まで頭にたたきこんだとしても、それだけではけっして賢い大人にはなれない。もちろん賢明なる読者諸氏は、こんなことは先刻ご承知だろうが。(このような問題は現在では、ウィトゲンシュタインの、規則にしたがうことのパラドクスとして有名である。)
啓蒙と「賢い大人」
以上のような言いがかりは根拠のない屁理屈だと、読者は思われたかもしれない。しかし、「大人になる」ことの意味、「賢くなる」ことの困難、これらはいずれも、18世紀の「啓蒙」と呼ばれる歴史的運動のなかで、くりかえし問いなおされた問題であり、以上の言いがかりは、その思想的格闘に現代の衣装を着せたにすぎない。そこで以下では、啓蒙思想を代表する哲学者のひとりであるイマヌエル・カントの『啓蒙とはなにか』をひもときながら、「賢い大人」というこのやっかいな問題を考えてゆくことにしたい。(カントの『啓蒙とはなにか』は、『啓蒙とは何か 他四編』岩波文庫、『カント全集 14』岩波書店、2000年、などに収録されている。ごく短いものなので、ぜひ手にとって読んでみてほしい。)
1 「あえて賢くあれ!」というパラドクスをのみこめ!
『ベルリン月報』と『啓蒙とはなにか?』
『ベルリン月報』の1783年9月号に、編者ビースターの論文『婚儀の執行においてもはや聖職者を煩わせないことの勧め』が掲載された。そのなかに「啓蒙された人間にとっては、いかなる儀式も必要ではない」という一文があり、これがセンセーショナルな物議をかもし、「啓蒙とはなにか」という問題が誌上を賑わすことになる。
いうまでもなく「啓蒙(英 Enlightenment/仏 Lumières/独 Aufklärung)」は、近代ヨーロッパのほとんどすべての局面を巻きこむ概念であり、玉虫色の相貌を見せる。しかし乱暴にまとめていえば、啓蒙とは、イギリス(スコットランド)、フランス、ドイツをおもな舞台として、16~17世紀にはじまり、18世紀にもっとも大きく展開した動きで、いっさいを人間知性の光に照らしだし、迷信と偏見の闇を打破して、新たな社会、思想を構築しようという巨大な精神的運動であった。
『ベルリン月報』で啓蒙論争が沸騰した1783年当時、啓蒙の精神はすでに政治、文化、学問などのあらゆる局面に浸透し、啓蒙の時代は曲り角をむかえようとしていた。19世紀のロマン主義の足音が、もうあちこちで聞こえはじめていた。今こそ過ぎゆこうとする時代をふりかえり、みずからの時代に定義を与える試みをすべきときだ。カントはこのジャーナリスティックな論争をきっかけにして、『〈啓蒙とはなにか?〉という問いに対する答え』と題された論文を『ベルリン月報』1784年12月号に投稿し、啓蒙に関するみずからの立場をうちだすことになる。
この啓蒙論文はつぎのような一段落ではじまる。
啓蒙とは人間が自分自身に責めのある未成年状態から抜け出ることである。未成年状態とは、他人の指導なしには自分の知性を用いる能力がないことである。この未成年状態の原因が知性の欠如にではなく、他人の指導がなくとも自分の知性を用いる決意と勇気の欠如にあるなら、未成年状態の責任は本人にある。したがって啓蒙の標語は、「あえて賢くあれ!」「自分自身の知性を用いる勇気をもて!」である。
ここにはすでに、最初にふれた二つの問題、「大人になる」ことと「賢くなる」こととがこれ以上ない簡潔さで述べられている。まずは「賢くなる」ほうから考えていこう。「あえて賢くあれ!」というパラドクス
「あえて賢くあれ!」は古代ローマの詩人ホラティウスに由来する文句である。しかしこの命令はなにかしらパラドクシカルな印象を与える。「九九をおぼえろ」と命じられれば、九九を唱えて頭に刻みこめばよい。しかし「賢くあれ」といわれても、わたしたちはなにをすれば賢くなれるのだろうか? 最初にみたように、賢くなるための教則本は役に立たない。賢くない人が賢くなるための特効薬のような方法は存在しない。とすればカントは、梯子もない絶壁を登れというような、無茶な要求をしていることになるのだろうか?
そうではない。賢くないのは知性が欠けているからではないからだ(知性が欠けていれば、これはいかんともしがたい)。賢くない原因は「他人の指導がなくとも自分の知性を用いる決意と勇気の欠如」にあるとカントはいう。自然はすでに多くの人に、独り立ちするのに十分な知性を与えている。ところがその自前の知性を人々は使おうとしない。なぜか? 他人の指導に従っているほうが「気楽」だからである。自分で判断するかわりに、ハウ・トゥー本をひもとき、あるいは親や教師の指示をまっていたほうが楽だし、安全である。「わたしのかわりに知性を備えた書物があり、わたしのかわりに良心をもった司牧者......がいれば、わたしは自分で努力する必要がなくなる。」
ここにあるのは「怠惰と臆病」である。たしかに、自分の足で歩いたことのない人が、萎えてしまったその足で歩きだすのは勇気のいることである。われわれの後見人たちは、自分の家畜が一歩も外に出ないように見張りながら、歩いて外に出るのは危険だと脅かし、危険の実例を見せびらかして、われわれが尻込みするのを期待している。だが、われわれは「数回転べばきっと最後には歩くことを学ぶ」のであり、歩きだす危険はじつはそう大きくないのである。わが子を些細な危険からも守ってあげようとする親心が、逆に子供の成長を阻害しているというのは、じっさい今日でもよく見られる光景であろう。
勇気を出せといわれても......
つまり勇気を出してその気になりさえすれば、われわれは他人の指導という暖かい足枷から逃れ、みずからの知性を使うことができるのである。しかしこの「勇気」というのも命令されて発揮できるような類のものではない。じっさい、「勇気をだせ!」という無責任な掛け声ほど、いわれて煩わしく、効き目のないものも少ないだろう。教わって勇気をもつことはできず、臆病から勇敢へと自分の心を切り替えるスイッチはないのである。とすればやはりカントは、バンジー・ジャンプで逡巡している人の背中を突き飛ばすような、無慈悲な命令をしているということになるだろうか?
ある意味ではそうである。ある意味でというのは、「個々の人間にとっては」という意味である。一人で歩けば溝に落ちることもある。ケガをしても治してやれるわけではないから、やはり個人に独立を無理強いすることはできない。怠惰と臆病にこりかたまった心にも、傷をさけるための、それなりの思慮深さはあるわけだ。
勇気は人から人へと感染する
だとすれば啓蒙が可能なのは、「公衆がみずからを啓蒙する」ばあいだけである。これはどういうことだろうか? 社会のなかに何人かは、どういうきっかけでかは分からないが、すでに自分の足で歩きだし、みずから考えることができるようになった人がいる。そのような人に接すると、わたしたちはなにかしら精神的なオーラのようなものを感じ、そのような気高い精神へと勇気づけられるように感じるだろう。勇気は、実例を見て感化され、みずからの内から汲み出すものである。余談だが、これが友人のもたらす最大の功徳だろう。書物や教師にいわれても動かない心でも、同世代の友人の精神がはなつ光はなぜか心にしみるものである。
啓蒙は、精神的なオーラの伝播によって社会に広がる。そしてこれが「あえて賢くあれ!」のパラドクスの、カントによる解決である。というより、社会のなかの人間において観察される事実によって、パラドクスの消滅を示したのである(このような事実はなにもおとぎ話ではなくて、あまりよろしくないケースでは、「類は友を呼ぶ」とか「朱に交われば赤くなる」とかといわれる事柄にすぎない)。そこでつぎの問題は、このような精神的伝播を可能にする条件はなにか、ということである。カントの答えは明確である。「こうした啓蒙を実現するために要求されるのは自由以外のなにものでもない。」ではこの自由とはどんなものなのだろうか?
2 世界という都市の一市民であるかのように生きよ!
理性の公的使用と私的使用
自分の理性の公的使用はつねに自由でなければならず、これのみがひとびとのなかに啓蒙を実現できる。しかしその私的使用はしばしば極端に制限されることがあってもかまわない......。さてわたしは、自分自身の理性の公的使用を、ある人が読者世界の全公衆をまえにして学者として理性を使用することと解している。わたしが私的使用と名づけるのは、ある委託された市民としての地位もしくは官職において、自分に託される理性使用のことである。
これは一読して首を傾げたくなる文章であろう。ふつうは、会社なり役所なりでの地位や立場を踏まえた言動のことを「公的」という。しかしカントはここで、そういう理性の使用はたんに「私的」なものだという。なぜならひとつには、たとえば新潟市役所の役人なら、その役人は新潟市民という限られたひとびとを、つまり規模は大きいが所詮は「家族的な」ひとびとをのみ相手にするからである。さらにその役人は、新潟市政の円滑な運営のために雇われた以上、みずからに課された役割を「受動的」に受けいれて、その範囲内でのみ理性を使用しなければならないからである。役人が大所高所から太平国家を議論しだしたら、市政は混乱するだけである。このように公私の概念を逆転させることで、カントはなにをもくろんでいるのだろうか? それは、いまや空白になった「公的〔=公共的〕な理性使用」の場面として、「読者世界の全公衆」という新たな公共性の次元を切りひらくことである。その公共空間のなかでは、ひとはふだんの職種、国籍、宗教などにとらわれず、まったく一個の自立した世界市民として考え、全世界にむかって発言することができる。その公共空間に能動的に参加するとき、その人は開かれた公共的な言論社会の一員となり、そこでは無制約の自由が許されるのである。このような自由な思考と発言にくらべれば、ある職務を遂行するときの理性使用は、動物園の檻のなかに閉じこめられた動物のようなものであろう。
啓蒙の時代とメディア
啓蒙の時代は、雑誌などの、タイムリーな情報を伝え、議論しあう言論媒体が普及していった時代でもあった。その当時の学術雑誌の刊行点数は、われわれの予想を大きく裏切るほどの量である(ちなみに当時のドイツの学術雑誌の一部をリプリントしたものは、あわせて何十万ページにもおよぶ)。そのような拡大するメディア空間の延長線上にカントは、「読者世界の全公衆」という世界化された市民社会のモデルをすえたのである。
これは現代においてさえも、たしかに途方もない構想である。書籍、雑誌、新聞、ラジオ、テレビなどによって、メディア空間は拡大の一途をたどり、さらにインターネットはその双方向性によって言論空間の新たな可能性を暗示してはいる。だが同時に、新聞やラジオでさえ情報のインフラ整備が全世界に行きとどいていないことや、英語帝国主義やデジタル・ディバイドと呼ばれる諸問題など、カントの理想を実現したというにはほど遠いのが現状であろう。さらに、インターネット上でくりひろげられている情報のやりとりが、カントのいう「公的な理性使用」にもとづくものかどうかは、今のところ大いに疑問と言わざるをえない。
多数主義と普遍的人間理性
しかしいずれにせよ、このように開かれた言論の公共空間のなかに啓蒙の可能性をさぐろうという考え方は、カントの啓蒙思想における多数主義(plurarism)を理解するうえで重要な点である。「自分自身の知性を用いる勇気をもて!」という標語を聞けば、読者はおよそ、ひとりで考え、決意し、立ちあがる、いわば孤高の人をイメージするのではないだろうか? だが啓蒙のプロセスはむしろ、ひとびととの対話のなかで進むのであり、そこには「他者の理性」が不可欠なのである。そもそも勇気をもつということも、他人からの精神的影響によって可能なのであった。さらに「自分自身で考える」ということも、それがひとりで考えるということなら「エゴイズム」に陥るとカントはいう。わたしの理性はつねに個別的な有限の理性にすぎない。他者の理性に身を開き、異なった意見にも含まれている真理の一部を受けいれることによってはじめて、わたしは「普遍的人間理性」という人類の共通財産に接近できるのである。
このような多数主義の思想は、こんにちでも十分に警告的な意味をもっている。正しい思想に達したと信じた人は、おうおうにして独善的にふるまうものである。また、大人ということが、一定の人生哲学を身につけ、もはや他人の意見に動じなくなった人という意味に解されることも、まれではない。このようなエゴイズムこそ、カントの多数主義が戒めようとしているものである。普遍的な人間理性は、他者の理性という回り道を通ってしか近づくことができない。
コスモポリタンとして生きよ
さらに重要なのは、「自分自身の知性を用いる」というときカントが考えている場面が、職場などではなく、言論の空間であるということである。つまり他人の指導を脱し、みずからの足で歩き始めるとき、その歩く舞台は言論の公共世界なのである。
読者のなかには、大人になるということを、就職して一人前に稼いで世帯をかまえることだと理解している人もいるだろう。しかしそれは大いなる誤解である。すくなくともそれは、ひどく矮小化された大人のイメージにもとづいている。職責を果たすということはもちろん立派なことだが、しかしそれはレールの敷かれた坂道を転がってゆくようなものである(働いて寝るばかりの生活だと本当にそんな感じがするそうだ)。自由ということの真価が問われる場面は、むしろいっさいの肩書を外して、異なった意見をもつ他人に語りかけるとき、あるいはそのような他人のことばに耳をかたむけるときであろう。異なった社会階層、異なった言語、異なった文明的背景、そのような断絶を見すえて、それでも通じあうことばを求めて、考え、語りあおうとするとき、われわれの人間としての勇気が問われるのではないだろうか?
これを一言でいえば、コスモポリタンとして生きよ、ということである。すなわち、コスモス(世界あるいは宇宙)というポリス(都市)の一市民であるかのように語り、ふるまうのである。世界は途方もなく広大だが、しかしことばを交わしうるかぎり、そこには見えざるひとつのポリスが成立している。このポリスを故郷とし、憧れの地とするとき、遠い他者からの呼びかけの声が聞こえるだろう。そしてそれに応えようとするとき、ふだんの国籍や職業にとらわれないことば、遠いコスモポリタンへむけて語るべき真のことばが見つかるであろう。日々の生活においてそのような世界市民であるかのように生きることが、カントのいう理性の公的使用なのである。
3 アドレッセンスという困難に身をおきつづけよ!
未成年状態とはなにか
大人になることと仕事をすることとは違う。このことの意味をさらに考えるために、ふたたび『啓蒙とはなにか』の冒頭にもどってみよう。「啓蒙とは人間が自分自身に責めのある未成年状態から抜け出ることである。未成年状態とは、他人の指導なしには自分の知性を用いる能力がないことである。」
カントにおいて「未成年状態」は、つぎの三つの次元で理解されている。まず第一が、「年齢が達していない」あるいは「年月の不足」のゆえの「自然的」未成年であり、第二が、市民としての業務に関する法律制度にもとづいて未成年とされる「法律的ないし市民的未成年」である。これらに対して第三の新たな概念があり、それは個人の内面的な考えかた、生に対する態度を問題にするもので、人間学的あるいは道徳的な未成年概念といってよい。この第三の未成年状態こそ、『啓蒙とはなにか』でカントが問題にしているものである。
自然的および法律的未成年状態は、本人に責任はない。しかも時間が経過すれば自動的に成年になる。これははじめに触れたとおりである。これに対し、第三の未成年状態は「自分自身に責めのある」状態である。なぜならすでに見たように、それは「他人の指導がなくとも自分の知性を用いる決意と勇気の欠如」に起因するからである。しかもこの未成年状態は、時間がたてば終わるようなものではない。それどころか「賢くなる」方法が存在しない以上、この未成年状態から脱出する方法は存在しないのである。その意味で、未成年から成年への転換は、政治的な「革命」にたとえることができる。成年になる方法が存在しないのは、革命を律する法律が存在しないのと同じことである。
個人の内面的な革命
それどころか、成人になることは政治的革命よりも困難な課題なのかもしれない。啓蒙論文の一節でカントは、「たしかにひょっとすると革命によって、個人の人格に対する専制と、貪欲なもしくは傲慢な圧政は瓦解するかもしれないが、しかし思考様式の真の改革はけっして実現されず、古い先入観とならんで新しい先入観が、なにも考えない大衆の習歩紐として使われるであろう」と、暗い見通しを語っている。政治体制がかわっても、ひとびとが盲目的に頼りにするイデオロギーが新しくなっただけだ、というのは今世紀にも見られた現実である。それゆえ成人になるために必要なのは、イデオロギーの宗旨がえなどの外面的な革命ではなく、もはやそのようなイデオロギーという鎖に繋がれずにみずから考えること、すなわち個人の内面における考え方の革命なのである。
このようにカントは、成年になるということを、個人の内的な革命という困難な観念と結びつけて考えていたが、ここから、啓蒙運動に対してカントがアンビバレントな態度をとる理由のひとつを理解することができる。いうまでもなくカントは啓蒙にシンパシーをいだき、啓蒙を促進した哲学者のひとりだが、しかし同時に、最初に啓蒙の辛辣な批判者となり、啓蒙に背をむけた哲学者でもある。
成年概念の没落
たとえば「市民」であることは、もともとギリシャにおいては、ポリスの政治へ参加しうるという、高度な道徳的能力を前提する観念であった。近代の啓蒙主義は、いかなる人にも内在しているはずの「人間理性の光」への信頼にもとづいており、それゆえ政治的には旧来の身分的格差を廃し、市民と呼ばれるひとびとを拡大させていった。しかしそれは結局は、すべての人間は市民の資格を備えているという考え方へと平板化してゆくことになる。こんにち市民であることは、国籍をもった人間であること以外のなにものでもない。しかしこれは堕落した、本来の意味からはほとんど逆転してしまった観念なのである。(このあたりは、M・リーデル『市民社会の概念史』(以文社、1990年)の第二章「市民、公民、市民階層」に詳しい。)
成年概念も同様の軌跡をたどった。啓蒙の時代に革命の観念をともなって掲げられた成年の理念は、しだいに自然的な成年状態と同一視されることになり、その道徳的内実を失ったのである。カントが啓蒙を「自分自身に責めのある未成年状態から抜け出ること」だと規定したとき、それはなによりも、このような平板化と堕落に対する警鐘であり、本来の啓蒙を維持するための戦いをこれ以後も続行するという宣言であった。
〈われわれはいま啓蒙された時代に生きているのか〉と問われれば、〈そうではない。しかしおそらく啓蒙の時代に生きているのだろう〉というのが答えである。
啓蒙とは、かつてあった出来事ではなく、現在も続き、そして現在も失われつつある人間精神の格闘である。成年の理念も、困難な課題でなくなったわけではなく、むしろ普及したことによって逆に脅かされ、失われているのである。「大人になった」と開き直るな
このようなカントの成年の概念に照らしてみれば、「大人になる」という課題を安く見積もることは許されないだろう。しかしさらに警戒すべきなのは、「大人になった」という思い込みである。すでに大人であると思っている人は、しばしば人に意見されることを嫌い、またみずからのさまざまな可能性から目を閉ざす。すでに体得した考え方に固執し、それどころか与えられた檻のなかであえて泰然自若と自足することを求めることさえある。これではむしろ、未成年状態を固定化することにしかならないだろう。子供であることの利点は、大人になりうることである。それを放棄した人は、大人になれない年寄りにすぎない。
カントの規定によれば、啓蒙とは未成年状態でなくなることであって、成年状態になることではない。この啓蒙論文を書いたとき、カントはすでに還暦をむかえていた。大人になることとは、大人であることとはどういうことかをカントは示すことができたはずだ。しかしそうは書かなかった。まるで自分を叱りつけるかのように、啓蒙とは「未成年状態から抜け出ること」だとカントは書いた。否定辞を用いたこのような規定は、大人という状態であることよりもむしろ、子供でなくなろうという努力こそが、啓蒙というプロセスの本質であることを示しているように思われる。だれにとっても、成年状態は、到達できないはるかな理想でありつづけるのである。
アドレッセンスという困難
子供と大人の狭間、あるいは子供から大人への移行のプロセスを、アドレッセンス(青年)という。それゆえ啓蒙の哲学は、悟りきった大人の哲学ではなく、むしろ子供を脱却しようとしつづけるアドレッセンスの哲学であるとわたしはいいたい。その憧憬、焦燥、不安、衝動こそ、啓蒙にふさわしい精神である。「まだ子供だし」という怠惰な甘えと「もう大人だから」という開き直った諦めとの狭間にひろがる浮遊空間には、子供が知らない、大人が忘れてしまった本当の困難がある。その困難なあやうい立場に身をおきつづけよ ── これが、啓蒙の哲学者カントからのメッセージである。
参考文献
ノルベルト・ヒンスケ『現代に挑むカント』石川・小松・平田訳、晃洋書房、1985年(カント生誕250年を記念しておこなわれた講演論集。わかりやすいことばで、カントと啓蒙との関係が鮮やかに描かれている。本章の内容は一部この書にもとづく。)
ポール・アザール『ヨーロッパ精神の危機 ── 1680-1715』野沢協訳、法政大学出版局、1973年、同『十八世紀ヨーロッパ思想 ── モンテスキューからレッシングへ』小笠原弘親ほか訳、行人社、1987年(啓蒙という大パノラマを実感するには、すこし長いものを読む必要がある。アザールのこの二冊はおもしろく読めるのであげておく。)
ユルゲン・ハーバーマス『公共性の構造転換 ── 市民社会の一カテゴリーについての探求〔第二版〕』細田貞雄・山田正行訳、未来社、1994年(公共性とは、カントの「理性の公的使用」の「公的」と同じである。ハーバーマスのこの書は、公共性の概念をアクチュアルなテーマにした古典的文献である。)
(『賢い大人になる50の方法』新潟大学現代社会文化研究科プロジェクト、2002年、83~98頁、所収)