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2013年3月14日

【卒業論文】関連性理論における推論のはたらき 【卒論・修論の紹介】

【概要】渋木航「関連性理論における推論のはたらき」

 私たちは普段、ことばを用いて意思を伝達し、他者とコミュニケーションをとっている。その具体的な形式は多種多様で、それこそ無数の形式が用いられているにも関わらず、大抵の場合私たちの伝達は成功し、時折失敗する。私たちの伝達はいかにして成功へと導かれ、またいかなる場合において失敗するのだろう。
 伝達が成功あるいは失敗するということは、話し手の言語表現の解釈に聞き手が成功あるいは失敗するということであるとも言えるだろう。そこで、本論文では発話解釈のしくみに注目し、発話解釈において推論が重要な役割を果たすとしている関連性理論の考え方を手掛かりに、発話が解釈される仕組みや、解釈が失敗する要因を発話解釈における推論のはたらきに注目して分析した。
 関連性理論では発話解釈を、関連性の原則に基づいた、コード解釈と演繹的推論の相互作用によるものだとしている。発話のコード解読によって引き出した論理形式に推論を加えることで表意を派生し、その表意や既存の想定を前提とした推論によって推意を引き出す。この発話解釈においては推論のはたらきが必要不可欠なものとして位置づけられている。
 この理論を手掛かりに、発話解釈に聞き手が成功した場合と失敗した場合について、具体例を通して分析を行った。発話の解釈は推論によって表意と推意が算定されるが、ここでいう推論とは、前提とする想定次第で帰結も変化するという性質のものである。したがって、あらゆる発話は文脈次第で様々な想定を伝達しうるが、関連性の原則に基づいて正しい文脈が選ばれ、推論が行われさえすれば、関連性を満たす解釈が可能である。そしてこのとき、解釈は成功しうる。
 一方、発話解釈に失敗する場合については、誤解の場合と解釈が停止した場合を区別して考察した。両者の違いは、推論による表意算定の結果、聞き手自身が妥当だと思える表意に行きあたったかどうかということである。しかし、両者で起きている問題やその要因にあまり差異はなく、解釈失敗の要因は、適切な文脈が選べなかったために表意を算定する推論に問題が生じたことであると考えられる。
 また、多様な言語表現の一例として、非字義的表現を含む発話にも注目した。慣用句や諺は、それらが使われている発話の中の他の要素と類似性をもっている場合がある。例えば、「水を得た魚のよう」という慣用句が「水泳選手」のような要素を含む発話の中で使われている場合である。このとき、その発話表現は言語の解釈的用法の一種である慣習的メタファーと同様、慣用句や諺の辞書的意味を強い推意として伝達するが、それに加えて、当該の非字義的表現が持つ周辺的イメージの一部もまた強い推意として伝達すると考えられる。この周辺的イメージは、前提推意を引き出す過程で、当該の非字義的発話表現に用いられている要素の百科事典的知識にアクセスすることで引き出されると考えられる。慣用句や諺と発話に含まれる他の要素との類似性が高い場合に、それらを前提推意として推論が行われ、辞書的意味とは別の強い推意がさらに引き出される。これはおそらく発話の関連性に貢献するものである。また、このような非字義的発話表現が字義的な表現よりも効果的なものとして感じられるのは、少ない発話で多くの思考を伝達する経済的な伝達表現であり、解釈に成功した場合、より大きな関連性を得やすいためである。創造的メタファーは一つの発話で弱い推意の束を伝達するが、慣習的なメタファーや慣用句、諺も、引き合いに出された要素の百科事典的イメージを強い推意と同時に伝達していると考えられる。

→渋木航「関連性理論における推論のはたらき」全文(PDF)