【新刊】『人文学の生まれるところ』 【お知らせ】
栗原 隆 編
『人文学の生まれるところ』
東北大学出版会
定価2,100円(税込)
ISBN978-4-86163-118-4
新潟大学人文学部の教員が中心となって、「人文学」に包括される17の分野について、その生まれるところを訪ね、それぞれ核となる「問い」から学問的な探究が育まれる道筋を描きだした入門書です。
人間学履修コースからは、編者の栗原隆先生をはじめ、井山弘幸先生と城戸も執筆陣に加わっています。
以下は「目次」です。
最前のエントリーで、カントの実践哲学がもつ未来を指示する力について言及したが、このような側面がもっとも純粋に発揮されているカントの論文のひとつとして、『啓蒙とはなにか』(Beantwortung der Frage: Was ist Aufklärung?) を挙げることができるだろう。カントは「われわれはいま啓蒙の時代に生きている」と書きしるして、啓蒙というプロジェクトの開かれた未来を提示したのであるが、いうまでもなくその未来は現在まで続いているのである。
ところで『啓蒙とはなにか』については、数年前に学内用の教科書『賢い大人になる50の方法』に、「啓蒙時代における成年市民の概念 ── カント『啓蒙とはなにか』を読む」と題して一文を寄せたことがある。軽い内容だが、いまだに参考にしてくれる学生もいるようなので、以下にあらためて掲載しておくことにしよう。(ただし校正前原稿にもとづく等の事情で、刊行本とは字句が異なるところがある。)
カントの倫理学や社会哲学については、考えかたは正しいが結論は間違っている、と言われることがある。カントのかかげた高邁な理想と厳格な道徳性は、原理原則としては結構だけれど、現実社会に適用して運用するには不都合が多い、というわけである。
しかし、わたしの見るところでは、真実はちょうどその逆なのである。実践哲学の場面でのカントの思考の際立った特長は、考えかたの個々のプロセスにおいては強引であったり疑わしい論点をふくんでいたとしても、かならず正しい結論に到達する、という点にある。たとえば『人間愛から嘘をつく権利の虚妄』や『永遠平和のために』などは、その典型例だといえるだろう。カントのいっけん途方もないような結論は、没後200年のあいだに人類が積み重ねてきた経験と、そこで培われた新たな思考の試練を経ても、いまだに輝きを保っているのである。
なにがカントをそのように際立たせているのだろうか? それは、カントの思考がもつ、未来を指し示す力であろう、とわたしは思っている。過去の経緯に囚われ、現在の状況に巻きこまれるとき、われわれはしばしばみずからを見失って、正しい結論に固執できずに砕けてしまう。そのときカントは決然と未来を指し、進むべき方向を教えるのである。
いうまでもなく、無垢を装ったこのような決然たる態度は、老練なるカントの人間観察に裏打ちされたものである。カントは、われわれ人間があまりにも脆弱なものであり、せめても北極星のような高き理念を必要とするということを見通していた。カント実践哲学の結論の正しさは、カントが徹底的な人間通であったことの証明でもある。
2007年度に定年退職された佐藤徹郎先生は、形而上学的な実在論の哲学者であって、その確固たる思考にはわたしも強い印象をうけた。存在するものはその知られかたにかかわらずそのように存在する、というのが先生の確信であった。観念論に対しては、終始、批判的な議論を展開されたものである。観念論者によれば、物のありかたは知られかた次第で変わり、その意味では精神に依存するのであるが、先生はその点を認めず、存在の同一性を事実として確信しているといって譲らなかった。ときには、超越論的観念論を標榜するカントの研究者であるわたしにも、批判の矢が向けられた。
ここでは、遅ればせながら先生のカント批判に対する応答のつもりで、すこしカントの観念論について考えてみたい。
城 戸 淳 (きど あつし)
専門は哲学・西洋近世哲学史です。イマヌエル・カントの哲学を中心にして、西洋近世の哲学とその歴史を研究しています。
カント研究については、『純粋理性批判』、とりわけその超越論的弁証論を読み解いて、カントの「批判哲学」を伝統的な形而上学や当時の哲学思想との対決のなかに位置づけることを研究課題としており、その成果は『理性の深淵──カント超越論的弁証論の研究』(知泉書館、2014年)として刊行されました。この研究は、今後は感性論や分析論へと戦線を移しつつ継続される予定です。
また、カントの倫理学に関しても、自分なりの問題関心からアプローチを試みている最中です。
哲学史的な研究としては、「デカルトからカントまで」を範囲として、17世紀の近世形而上学から、18世紀の啓蒙期の哲学をへて、19世紀初頭の「カントの時代」までのドラマを再構成することを目指しています。
哲学的なテーマとしては、自我や自己意識の問題、心の哲学、無限の思想史、自由と行為の問題、懐疑主義や観念論の本質、存在の根拠への問いなどに関心をもち、カントや近現代哲学史の研究を踏まえて思索を続けています。
おもな研究業績については以下の続きを参照してください。