2011年9月14日

【修士論文】カント倫理学における嘘の問題  卒論・修論の紹介

 大学の4年間で勉強したりない人は、大学院の修士課程(博士前期2年課程)でさらに研究を深めることができる。学部の卒業論文は、初めての研究論文への挑戦でもあり、「当たって砕けろ」という気合いでまっすぐに挑めばよい。しかし修士論文は、やはり「研究」としての一定の「成果」が要求される。自分の研究課題と範囲を把握し、方法論を自覚しながら、先行研究を調査し、テクストと深く向き合って思索を重ね、最終的に論文として成果をまとめなければならない。ときにはその研究成果は、ひろく世に問うだけの意味をもつことになろう。

 そこで哲学・倫理学の修士論文のなかから、まずは第一弾として保坂希美さんの修士論文「カント倫理学における嘘の問題」を公開しよう。
 カントの「嘘」といえば、1797年の論文『人間愛から嘘をつく権利と称されるものについて』が、行き過ぎた厳格主義のカリカチュアとして悪名高い。人殺しに追われる友人を匿っているとき、人殺しが友人はこの家にいるかと尋ねたとしても、友人の所在について嘘をついてはならない、とカントは言い放つ。この『嘘論文』の主張をどう解釈するかは、カント倫理学研究の一つの鬼門である。
 じつはカントは『嘘論文』のほかにも、生涯にわたって「嘘」の問題に取り組み、さまざまな角度から検討を重ねていた。保坂さんは、公刊著作、講義、遺稿などにのこされたそれらの思索の記録を丹念にたどり、「嘘」をめぐるカントの多面的な思索を整理することに成功した。そしてその成果に基づいて、『嘘論文』の解釈へと踏み込み、さらには先行研究に対する批判をも試みている。

→保坂希美「カント倫理学における嘘の問題」(PDF)

2011年9月 3日

公開夏季研究会「身体と感興」  お知らせ

科研費受託共同研究の公開夏季研究会

身体と感興

■ 日時:9月3日(土)12時45分~17時30分
■ 会場:新潟大学駅南キャンパス「ときめいと」(025-248-8141)──新潟駅連接「プラーカ1」2F
* どなたでもお気軽においで下さい。

12:45~13:05
田中 純夫(新潟市芸術文化振興財団理事)
ハイデガー「リチャードソンへの手紙」とその周辺

13:10~13:50
栗原 隆(新潟大学人文学部教授)
同一性と連続性──シェリングの同一哲学をめぐる論争について

13:55~14:35
鈴木 光太郎(新潟大学人文学部教授)
訳書紹介──ヘッブ『行動の機構』について

14:40~15:25
大西 克智(東京藝術大学非常勤講師)
自由はなぜ障害を求めるか──想像の逸脱と「悪」(仮題)

15:30~16:30
元木 幸一(山形大学人文学部教授)
祝祭と感興──宗教改革時代のドイツ農民版画を題材に

16:40~17:30
辻元 早苗(有明教育芸術短期大学教授)
身体と感興──二つのパフォーマンスを素材に

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2011年8月26日

『知のトポス』第6号目次紹介  お知らせ

topos06.jpg  新潟大学大学院現代社会文化研究科共同研究プロジェクト「世界の視点をめぐる思想史的研究」の一環として公刊された『知のトポス──世界の視点』第6号の目次をご紹介します。

 本誌は、哲学・思想史の分野において重要な役割を果たしながら、これまで十分に注目されてこなかった論文やテクストを翻訳し紹介する目的で編まれ、今号で、6冊目(前身の『世界の視点──変革期の思想』を入れると7冊目)を数えています。


『知のトポス──世界の視点』第6号(2010年11月刊、全182頁)

目次:

イマヌエル・カント「観念論をめぐって──一七八〇年代の遺稿から(R5642,5653‐5655)」城戸淳訳 ⇒[PDF

F・H・ヤコービ「信念をめぐるデヴィッド・ヒュームもしくは観念論と実在論」栗原隆・阿部ふく子・福島健太訳

G・W・F・ヘーゲル「アルプス徒歩紀行についての報告」加藤尚武・田中純夫・阿部ふく子訳

ニール・ハーツ「ロンギノス読解」宮﨑裕助・星野太訳 ⇒[PDF


2011年7月 8日

第9回新潟哲学思想セミナーが開催されました  NiiPhiS

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 第9回セミナーでは、講師に関西大学の門林岳史先生をお迎えして、「メディアの消滅──マクルーハンからポストメディアへ」というテーマのもと、私たちの生活において欠かせない情報伝達の、あるいは情報収集の手段(後に、このセミナーによってメディアはたんなる情報伝達の手段ではなくメッセージそのものであるということが理解できたのだが)であるメディアの概念について、そしてそのメディアの行方について詳細にお話していただきました。
CIMG1651.jpg  門林先生はこのセミナーを通して、現代社会においても、どの時代のどのような社会においても、必要不可欠な概念であるメディアについて再び考えなおし、メディア以降のメディア、ポストメディアの可能性について深く考える契機を私たちに与えて下さいました。会場は多くの学生や教員によって埋め尽くされ、予定の時間ぎりぎりまで議論が盛り上がり、たくさんの質疑応答が投げ交わされました。
CIMG1655.jpg  コメンテーターとして、新潟大学の石田美紀先生にもお越しいただき、門林先生に対峙するという形で発表していただきました。門林先生も石田先生も上手くメディアを使いこなしながら、画像などを見せてわかりやすく、具体的に発表されていました。私も人間学ブログというメディアを用いて、両先生方の発表をそっくりそのまま報告したいと思っているのですが、私の力量にも字数にも制限(=限界)があるので、全体の議論からできるだけ逸れることなく、個人的に興味深かった箇所を重点に、今回のセミナーの内容について紹介させていただきます。

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2011年6月24日

メディアの消滅──マクルーハンからポストメディアへ  お知らせ

images.jpeg 第9回 新潟哲学思想セミナー [NiiPhiS]

メディアの消滅
──マクルーハンからポストメディアへ


講師 門林岳史(関西大学准教授)
コメンテーター 石田美紀(新潟大学准教授)

日時 2011年6月24日(金) 18:10~19:40
場所 新潟大学五十嵐キャンパス
   総合教育研究棟 地域国際交流促進室(D-301)

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2011年6月14日

卒論構想発表会終了。  イベントの記録

先日の卒論構想発表会、みなさんお疲れ様でした。当日の模様を写真でお伝えします。

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2011年5月12日

卒業論文 構想発表会  お知らせ

平成23(2011)年度 人間学履修コース 卒業論文 構想発表会

本年度の人文学部行動科学課程人間学履修コースの卒業論文の構想発表会を、次の日程でおこないます。

日時 6月4日(土) 午前10時から
場所 人社系棟B227(B棟2階)(B棟学生玄関から入場すること)
卒業予定の4年生諸君は、構想発表用のレジュメを50部用意して出席してください。
ひとり発表10分、質疑応答5分程度を予定しています。
2・3年生の参加も歓迎します。
出席できない4年生は、卒論担当教員に承諾を得て、個別に指導を受けてください。
発表会のあとに、コンパを予定していますので、是非ご参加ください。

人間学履修コース(2011.05.12 掲載)

2011年4月20日

第8回新潟哲学思想セミナーが開催されました  NiiPhiS

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第8回の新潟哲学思想セミナーでは、講師に山形大学の清塚邦彦先生をお迎えし、「フィクションとは何か:フィクションと現実という対比について」というテーマでお話しいただいたあと、新潟大学の井山弘幸先より「お笑いにおけるリアルとは何か」についてお話しいただきました。セミナーには30名ほどの参加者があり、多くの学生や教員のほか、3年前に新潟大学を退官された佐藤徹郎先生もお越しくださいました。

清塚邦彦氏

清塚先生は、まず最初に、ご自身の著書『フィクションの哲学』のおおよその内容について紹介されました。清塚先生は、フィクションをひとまず「想像による物語」として捉えて、その基本的な特徴を「作者と語り手の不一致」という点に求めておられます。その上で清塚先生は、フィクションにも現実と符合するものがあったり、フィクションではない語りのなかにも実在しない対象や出来事に言及することがあるなど、フィクションと現実の違いについて、あらためて捉えなおされます。そして、フィクションはリアリティの対義語ではなく、むしろリアルなフィクションがあると清塚先生は仰い、その特徴について分析的に議論を展開されました。

井山弘幸氏

つぎに井山先生が、笑いにおけるフィクションとリアリティについて、落語や漫才から豊富な例をとりあげて、お話しくださいました。落語とはフィクションのなかで人間の業を肯定するものであるという立川談志のテーゼをめぐって、さらには漫才というフィクションにおいて、わざと漫才師が現実世界のことを話して笑いをとる、いわゆる「リアルぼけ」の方法をめぐって、落語や漫才ではリアリティとフィクションの関係がとても重要になることをお話しいただきました。

その後の質疑応答の時間では、特に清塚先生と新潟大学の先生方との間に、ふだんは見られることのない、白熱した議論が行われました。

今回はお二人の先生による講演でしたが、フィクションとリアリティという、いっけん相反する概念についてさまざまな議論が交わされ、あらためてその関係を考えなおすことができました。清塚先生ならびに井山先生、ありがとうございました。

[文責=新潟大学大学院現代社会文化研究科生 中川 祐樹]

2011年4月 7日

言語学ゼミ近況  言語学

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 写真は、言語学ゼミ(教員:福田一雄+山崎幸雄)でH23年1月20日に教室で撮影したものです。
 言語学ゼミの近況を伝える一枚です。なお、山崎先生は、H23年3月末日をもって、定年を迎えられました。(記=福田)

2011年3月29日

卒業論文を紹介します  お知らせ

大学4年生にとって一番の大仕事は卒業論文の執筆である。なにしろ4年間の学業の成果を一本の論文という形にまとめなければならない。はじめての挑戦にはいつも波乱がまっている。学生も大変だが、われわれ教員のほうも毎年はらはらしている。

卒論は完成にまで至るプロセスも長い。人間学履修コースでは、3年生の冬にテーマを決め、4年生の春から初夏の構想発表会で頭だし、10月には中間発表会と題目提出を経て、秋から冬にかけて怒濤の追いこみ、晴れて1月に提出、1月か2月に卒業論文発表会と口頭試問、という次第である。

当然3年生には来年の卒論は大きなプレッシャーだろうし、また大学1・2年生やさらには高校生のみなさんにとっても、人間学ではいったいどんな卒論が提出されているのか、興味のあるところだろう。ところが、じっさいに提出された卒論をみる機会はなかなかない。過去の卒論の一部は人間学PSや言語学実験室に保管してあって見学できるし、オープンキャンパスなどでも展示しているが、やはり機会に恵まれない人もいるだろう。

そこで今回こころみに、今年度に指導した卒業論文から一篇をインターネット上で公開することを思いたち、このたび卒業する佐藤茉莉さんにお願いしたところ快諾を得た。先の記事に、人文学部のHPの履修コース紹介に公開されている卒業論文の概要を再掲載するとともに、執筆者(著作者)である佐藤さんの同意を得て、卒業論文『アウグスティヌス『告白』の時間論──人間学的側面からの再構成』全文のPDFへとリンクを張ってある。

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